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仙台地方裁判所 昭和39年(わ)139号 判決 1964年7月17日

被告人 海谷忠志 外二名

主文

被告人海谷忠志を懲役三年に、被告人渡辺正勝、同後藤貞二をそれぞれ懲役二年六月に各処する。

ただし、この裁判確定の日から被告人等に対しては、四年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、全部被告人等の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人等は、いずれも郷里の高等学校卒業後、塩釜市字台二四の一六番地所在の第一貨物自動車株式会社塩釜支店に事務員として勤務し、同支店二階の社員寮に起居を共にしていたものであるが、昭和三九年四月一七日午後一一時三〇分頃互に夜勤をおえたので、他の同僚三、四名と共に右寮内で清酒二升ほどを飲酒し、翌一八日午前二時頃、未だ飲み足りない被告人等は、誰言うとなく屋台飲食店に行つて飲もうということで外出し、同日午前二時三〇分頃同市字台所在の女郎山橋付近にさしかかつた際、被告人海谷は、適当な通行人がいたらこれにいいがかりをつけて酒をおごらせるか、或は酒代をたかつてやろうという気持ちから、かたわらの被告人渡辺、同後藤に「いいカモいないかなあ」と話しかけたところ、その意中を察知した被告人渡辺は、被告人海谷と同じ考えで通行人を物色するうち、ほど近くの屋台飲食店「すみれ」脇路上で立小便をしていた船員深川勝蔵(当二三年)を発見したので、被告人海谷、同後藤に向つて「いた、いた」と合図をしたところ、被告人海谷、同後藤もこれに対し、交々「やつぺ、やつぺ」と相呼応し、ここにおいて、被告人等の間に深川から金品を喝取しようという共謀が成立した。そこで、被告人等は、ただちに深川を取り囲み、まず被告人渡辺が同人に対し「俺達に酒を飲ませろ」「飲む金がないから二、三百円よこせ」などと申し向け、若しこの要求に応じないときには、如何なる危害をも加えかねない気勢を示して同人を脅迫し、幾分おじけづいた同人は、なんとか嘘をついてこの場をのがれようと考え「魚を今晩あげるからそれを売つて飲め」と云つたが、被告人等が応じようとしないので、仕方なく「金がないから俺の知つているバーで飲ませる」とさそいかけて被告人等を同所から約五〇米先にあるニツカバー「第二ともしび」に被告人等に取り囲まれながら案内したところ、すでに閉店していたので、やむなく被告人等に「尾島町に行つて飲もう」といつわつて前記屋台店「すみれ」付近まで戻つて来た。ところが、被告人等は、深川に酒をたかることができなかつたばかりか、自分達をあちこち引きずり廻す気配なので愚弄されているのではないかと感じてこれを憤り、被告人渡辺は、同所付近で深川に対し、再び「五百円でも三百円でも貸せ」と要求し、被告人海谷と共に、矢庭に同人の顔面を一回位ずつ殴打する等の暴行を加えるや、隙に乗じて同人がサンダルをその場に脱ぎ捨てたまま国道四五号線を松島方面に向つて遁走したので、すかさず、被告人等は被告人海谷を先頭にして同人を追跡し、その場から約一四〇米離れた国道上で、まず、被告人海谷が同人を捕えて該路上に押し倒し、相前後して駈けつけた被告人渡辺、同後藤と共に、中腰に起き上つた深川に対し、交々その顔面を手拳で殴打したり、その身体を足蹴りする等同人の反抗を抑圧するに足る暴行を加える間に被告人海谷は、街灯の明りで深川の腕時計を目にし、突嗟にこれを強奪しようと決意し、更に暴行を加えかねまじき態度を示して同人の左手首からその時計を無理に引張つて同人所有の鎖バンド付腕時計一個(時価一万四千円相当)を強取し、その際、被告人等の前記一連の暴行により深川に対し、全治約一週間を要する前額部鼻部、左頬部右耳朶部擦過傷の傷害を負わせたが、これらの傷害は、被告人海谷が前記腕時計強取の犯意を生じた後の同被告人の暴行に起因するものか明らかでないものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、「被告人等は、飲酒酩酊していたため、本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである。」旨主張する。

被告人等が本件犯行前清酒などを飲み、かなり酔つていたことは認められる(前掲各証拠参照)。しかし、前記各証拠によつて認められる被告人等の平素および当夜の飲酒量、被告人等の犯行前後の言動、特に犯行直後バー「ムーン」でビール二本ほど飲んでいること、犯行自体の態様等に照らし、被告人等は、犯行当時心神耗弱の状態にあつたものとは到底認められない。したがつて、弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人海谷の判示所為中強盗の点(恐喝行為は強盗に吸収される)は、刑法六〇条、二三六条一項に、傷害の点は同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法二条、三条に各該当するところ、強盗と傷害とは包括一罪として評価すべき場合であるから刑法一〇条により重い強盗罪の刑に従い、犯情憫諒すべきものがあるので、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をし、その刑期の範囲内で、被告人海谷を懲役三年に処し、被告人渡辺、同後藤の判示所為中、恐喝の点は錯誤の結果、いずれも同法六〇条、二三六条一項の罪を構成することになるが、被告人渡辺、同後藤は前示認定のとおり、恐喝の犯意を有していただけであるから、それぞれ同法三八条二項を適用して、いずれも同法六〇条、二四九条一項の刑に従い、傷害の点は、いずれも同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法二条、三条に各該当するところ、恐喝と傷害とは一個の行為にして二個の罪名にふれる場合であるから、いずれも刑法五四条一項前段、一〇条により犯情の重い恐喝罪の刑に従い、その刑期の範囲内で、被告人渡辺、同後藤をそれぞれ懲役二年六月に処し被告人等に対しては、諸般の事情に照らし、いずれも同法二五条一項一号を適用して、この裁判確定の日から四年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により、被告人等に連帯して負担させることとする。

なお、被告人海谷の判示所為に対する法律の適用について補足説明する。本件は、強盗致傷罪として起訴されたものであるが、同罪が成立するためには、傷害が強盗の機会において生じたものであることを必要とし、この「強盗の機会において」というには傷害が少くとも犯人が強盗の犯意を生じた後の暴行によつて生じたものでなければならない。従つて、傷害が強盗の犯意発生の前後いずれの暴行に起因したものであるかが不明である場合には、これを強盗致傷罪として問擬することは、疑わしきを被告人の不利益に帰せしめる結果ともなり、とうてい許されないところである。これを本件について見るに、前示認定のとおり、深川勝蔵が被告人海谷に腕時計を奪取された場所で、被告人等の一連の暴行行為により傷害を受けたことは明らかであるが、この傷害が、被告人海谷の強盗の犯意を生ずる前後いずれの暴行に起因するものであるかは、証拠上遂にこれを確定することができない。しかしながら、右傷害は、前記場所において、被告人海谷の強盗の決意発生前後のいずれかの暴行又は恐喝の共犯者たる被告人渡辺、同後藤の暴行によつて生じたものであることは、証拠上疑いのないところであるから、被告人海谷は、少くとも傷害の結果について責任を負わなければならないわけである。従つて、この点につき、被告人海谷の利益に、右傷害は同人の強盗の犯意発生前の暴行によるものと解するを相当とするところ、強盗の犯意発生前の恐喝の手段としての暴行と強盗の犯意発生後の暴行とは、一連のもので、相接続する機会に前者より後者へと発展したものと認められるから、被告人海谷の判示所為は強盗罪(恐喝行為を吸収)と傷害罪とのいわば混合した包括一罪として、結局最も重い強盗罪の刑で処断されるべきものと解する。

(量刑の事情)

本件は、判示事実からも明らかなように、深夜、人通りの殆んどない公道において何等落度のない、酒でいい機嫌になつていた被害者深川勝蔵から酒代をたかるべく因縁をつけ、執拗な暴行を加えた揚句傷害を与えた事案であつて、財産的被害をさほど多くなく、傷害の程度は軽微にとどまつたけれども、被害者に与えた恐怖感は大きく、社会に与えた影響にも軽視できないものがある。被告人等の罪責はまことに重大であつて、本来ならば実刑を科すべきものと考える。

しかし、本件が若年者の群集心理的動機に基く犯行で、主観的にはそれほど悪質と認められないこと、飲酒のうえでの偶発的犯行であること、強取した腕時計が仮還付されていること、被告人等は被告人海谷が道路交通法違反で一回罰金刑に処せられたことがあるほかは、いずれも前科を有しないこと、被告人等はこれまで真面目に勤めてきていたこと、本件がもとでいずれも会社を解雇きれるという憂き目をみたこと、親達が被告人等の将来の監督善導を誓約していること、被告人等も、この法廷において今後酒を慎しみ、真面目に生活する旨誓い改悛の情を顕著に示していること等の事情を斟酌し、特に今回に限り、被告人等に対し、それぞれその刑の執行を猶予することとしたわけである。

被告人等としては、自己の行為については、自己の行為について更に深く反省し、再びかかる過ちを繰返えさないよう努めるべきである。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 中川文彦 柴田孝夫 松本朝光)

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